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satyanamak*motiDD

Author:satyanamak*motiDD


2006年夏、
人人人ひしめくムンバイに
猫猫ひきつれやってきた二人組。
夫 Satyanamak と妻 MotiDD
2008年11月には新たに
ムンバイ生まれのチントゥーも
登場しました。

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【MotiDD】ホーリー・ヘェ!

03月28日, 2013 | 未分類

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もう粉まみれだ! 粉の層のうえにさらに粉がつけられる。
「ホーリーおめでとう!」と挨拶を交わしながら、
一人一人と色の粉をべっとり顔につけ合うのだ。
数人と挨拶したら、顔から身体から、もう粉粉だ。

powder.jpg

色の粉をかけあう春祭り、ホーリー。
「女子は危険!」というイメージが強く、また特に誘ってくれる人もなかったので、
これまでのホーリー体験といえば、通りすがりの笑いヨガ会場で、
花や花びらを投げ合って祝うのどかなホーリーを、
裕福そうな老人たちに囲まれてやったのが唯一であった。
しかし今年は、グルザール・サーハブ(詩人・映画監督でインドの人間国宝)の私邸に
ホーリーに誘っていただいたのだった。

巨匠狙われる
狙われる巨匠。「बदमाश बच्चे(このいたずらっ子め)!」

前日に買い求めたピチュカーリー(水鉄砲)を手に、
「ある程度はちゃんとした恰好をしていかなくてはならない」と
「ダメになっても諦めきれる」のバランスを考え抜いた服を着て向かう。
お母さんが大のグルザール・ファンである女の子も誘った。
グルザール・サーハブは「子どもらがなかなか来ないから寝てたよ」といって
ガムチャ(手ぬぐいのような綿布)を首に巻いて出てこられた。
椅子から立ち上がる時に Satyanamak に「起こして」と手を出したりして、
なんだか大御所、今日はかなりリラックスしている。

巨匠水をつめる
子どもたちのためピチュカーリーに水を詰めてやる巨匠

さすが映画界の巨匠なだけあり、懇意にされているという映画監督、
ヴィシャール・バルドゥワージとその妻で歌手のレーカー・バルドゥワージも姿を見せた。
お二人とも、眩いまでに真っ白な服をお召しだ。
そしてもちろん、門から入って一分と経たないうちに、色粉だらけになった。
レーカー・バルドゥワージのアナールカリー・クルターなどは、
おそらく五千ルピーは下らないであろうと思われる、大変に高価そうで、
かつ繊細で美しいクルターであった。かなりツライ光景であった。

監督作品に『Maqbool』『Omkara』『7 Khoon Maaf』『Matru ki Bijlee ka Mandola』など。
音楽監督としても特異な才能を発揮し『Ishqiya』『Omkara』など多くの映画で名曲を多数残している


見るだけだった立場から、どっぷりと体験してみたホーリー。
発見は「色粉はなんか、すごいクサイ!」であった。
有機的な臭さと化学的な臭さの絶妙なブレンド、とでもいうべき臭いがしていた。
この臭いがなければ、ゴンさんももう少し楽しめたかもしれない。
昨年は泣いてばかりで全然楽しめなかった、というサマエ(グルザール・サーハブの四歳のお孫さん)が、
しょっぱなから顔や目をめがけてゴンさんに猛攻撃をかけてくるので、
初・本格ホーリーのゴンさん、粉に対してはかなり逃げ腰になってしまったが、
遠くまで水を飛ばせるピチュカーリーは気に入ったようで、
逃げる大人たちをねらい打ちしていた。

ゴンとサマエ
最初はこんなキレイだった二人、

丁々発止
丁々発止の勝負に夢中になるうち、

飲み物休憩
一時間もしたらこんなでろでろになってしまいました。

やっぱり楽しい
ハッピー・ホーリー!

【MotiDD】春が来た

02月26日, 2013 | 未分類

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church_school.jpg

気がかりだった、ゴンさんの進路。
この四月で、いままで通っていたジュニアKGのクラスは終わり、
六月からはシニアKGのある学校へ入れなければならない
(現在の学校にはジュニアKG以上のクラスがない)。
数ある学校を見てまわり、「ここが一番ちょうどいい」と思い定め、
入学願書を出していた学校から今日、入学許可がおりた。

志望していた学校は、
ムンバイの多くの学校がそうであるように、カトリック教会系の学校で、
日本の中学三年にあたる十年生までの教育を一貫して行っている。
来年の六月から行くことになるその大きな学校(写真・上)の裏手に、
そのKG(幼稚園)部門がある。

二階建ての古い小さな校舎で、
かわいい机がきれいに並んだ教室は、田舎の小学校といった雰囲気。
事務所で受付をしているファーザーも感じが良く親切で、
学校全体の雰囲気が清々しく、明るいのだった。
来ている生徒や親御さんの様子を見ても、
シンプルで堅実な家庭の人たちが多く見受けられる
(今の学校はチャラチャラした親が多い、サリー姿など皆無)。
子どもを迎えて出てくる親御さんを門外で捕まえて聞いてみたが、
いい学校で、満足しているとの答え。
問い合わせのため何度か足を踏み入れるうち、
あぁここがいいな、という思いを強くしていった。

そして入学願書を出した。
いつ結果が出るのか判然としなかった。
結果を待つうちに、他の学校の入学受付は次々に閉められていき、
後がなくなっていく。
残るは、高級志向で学費の高い、近所のいけ好かない学校だけ。
私はほとんど「ダメだろう」と思っていた。
一縷の望みをかけながらも、毎日 祈りながらも、不安だった。

賄賂や裏金が日常的に、ごく当たり前に動いているインド。
入学に際して払われる多額の「寄付金」という名の裏金についても
よく話には聞いていたが、いくら入学したくても、
いったいどうやって・誰に・幾らそのお金を払うのか。
あるいは道徳心を基準としてそんなお金は払わないという姿勢で
どーんとただ結果を待っていればいいのか。
考えるにも答えの出しようがなかった。
できたのはただ祈ることと、どんどん後がなくなるのを知りながら
待つことだけだった。

しかしインドはまだ、私たちを祝福してくれていた。

合否通知とともに学校からもらった書類には、
「寄付金による入学は一切ありません」と太字で明記してあった。
あぁ神様。余計なことに頭を悩ませた私をお許しください。

その学校が付属する教会の写真を、Flickr より借用。
早く風邪を治して、お礼参りに行かなくては!

church.jpg

【MotiDD】デリー暴行事件の核心で

01月31日, 2013 | 未分類

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女性に対する暴力は日常茶飯事で、何らかの事件が新聞に載らない日はない。
デリーで二十三歳の女性が暴行のあげく殺された事件は、
その残虐性から、日本でも大きく報道された。

事件後も、毎日毎日、新聞に新しい暴行事件が載る。
被害者の年齢が、しばしば三歳、四歳と年少であったりする。
絶句するほかない。
報道される事件は氷山の一角だとわかっている。
この被害者の下には、何万人もの黙した被害者が痛みを抱えている。

BBCヒンディーの報道サイトで、容疑者の実家を訪ねたレポートを読んだ。
いくつもの要因が絡み合って伸びた絶えない犯罪の根を辿ると、
結局“貧困”に辿り着くのか。

虚飾の多いムンバイで普通に暮らしていると、
飢えや貧困が遠い世界のように感じられる。
でも本当は、すぐ隣にあるのだ。

(以下、記事の日本語訳)

バダーユーンから五十キロの寒村で、
泥の壁に茅葺き屋根の、ある一軒の家の前に人だかりができている。

病に伏して起き上がることもできない一人の女性を、
村中の人々が遠巻きに眺めている。

寄る辺ない表情で母に寄り添う三人の子どもたち。
年少の息子が母親の震える手を取る。
もう一人の息子の目からは涙が止めどなく流れる。

十五歳になる娘は言う。
「長兄のニュースを聞いてから、母はずっとこんなです」

この悲しい母親の長男が、デリーの強姦殺人事件の六人目の容疑者で、
少年司法当局から未成年であると発表された人物である。

子どもは全部で六人。
十六歳より年かさになる娘が一人いるが、仕事に出ているらしく姿は見えない。
一番小さい息子は二歳だが、これも我々の目には触れないところにいるようだ。

家は二間。一部屋にはベッド代わりのチャールパーイー。
もう一部屋には一頭の水牛がつながれている。
乳は出さないが、じき出すかも、という期待から飼われているそうだ。

哀れな母親の夫は精神を病んでいる。
そのため、二人の若い娘がたまに肉体労働の仕事にありつくと、
その時だけやっと竃に火が通るような状況だ。

この貧窮から家族を救い出すべく、
彼女は十一歳になる長男を、デリーに出稼ぎへ出したのだった。
しかし彼女は、今やその息子の顔すら思い出すことができない。
デリーへ送り出したのが一体何年前のことだったのかも憶えていない。
なんとか思い出させようとすると、こう答えた「六、七年前のことでしょう」。

「デリーへ発つ時に話したのが最後でした。
“気をつけて行ってくる”って言ってバスに乗って、あの子は街へ出かけてった。
二、三年の間は稼ぎを送って寄越したけど、その後は何の連絡もないです。
もう生きちゃいないもんだって、私は思ってました」

先月、デリー警察が尋問のために彼女の家を訪れた時、
アービダー(訳注:母親の名であろう)は警察の言っていることを信じることはできなかった。

「私の息子がどこかの娘を相手に悪事を働いたって、警察は私に言った。
腹が立ちました。でも心底悲しかった。
繊細な子だったんです。村の誰かと言い争ったことだってなかった。
デリーに行って、悪い仲間に捕まったんですよ。
そのせいで、こんなことをしてしまったんです」

激しく頭を振りながら、さらに言う。
「村にいくら仕事がなくたって、残った二人の息子たちは絶対に都会になんてやりません」

アービダーが記憶を辿るところによれば、デリーに行ったあと、
長男はなにかしら小さな仕事をして、日銭を稼いでいたという。

デリー警察の逮捕状には、
六人の容疑者中で彼女の息子が最も残忍非道だったと書かれていた。

事件後のデリーでは怒りの抗議運動をする人々が絶えず、
「未成年の容疑者にも厳罰を」と民衆は訴えていた。

その未成年の容疑者の母は、自分の息子の年齢を証明する何の書類も持たない。
「罪を犯したなら、厳しく罰さないと」

「うちにも娘が二人います。
うちの息子がどこかの娘にそんなことをしたんだったら、罰は必要ですよ。
あの子を許せるかどうかわからない、でもね、とにかくおかげで家は大恥をかいてます。
娘たちを嫁にもらってくれる家があるかどうか、心配です」

未成年であるために最小限の刑を受け、
すぐに村に戻ってくる可能性があると言うと、怒りをあらわにして言った。
「こんな汚名を着せられて、村の衆が一歩だって村へ入れてくれるもんですか」

しかし村人たちは、真相をまだ知らずにいる。
ただマスコミや警察が出入りしていることで、何かあったとは感づいているようである。

さておき、母親が体調を崩し始めてから、
子どもたちは村でただ一人の医師の来訪を今か今かと待っている。

医師は毎夕四時に村へやってきて、医者を必要としている家に治療に行く。

娘の一人が言う。
「この前、ご近所から診察代の三十ルピーを貸していただいたんです。
今日、姉が賃金五十ルピーの日雇いに行ったから、これでなんとか払えるはず」

とりあえず今の彼らの気がかりは、兄のことよりも、
今日この日、竃に火を入れられるかどうか、であるようだ。

【MotiDD】おじゃがちゃん、生イモちゃん

01月21日, 2013 | 未分類

2 Comments
日本にも「ダンゴ三兄弟」のような、非生物を主役に据えた童謡があるが、
インドも負けてはいない。
日本がダンゴを主役に抜擢するなら、こちらはジャガイモである。
しかも「生」と言及がある。
マッシュポテトでもふかしイモでもアールーティッキーでもない、生のジャガイモだ。

so he is the aaloo_1
そう、王冠を戴いているのです。血統書付きのイモ王子です。

आलू कच्चा आलू(おじゃがちゃん、生イモちゃん)』

आलू कच्चा आलू बेटा, कहाँ गए थे
おじゃがちゃん、生イモちゃん、どこ行ってたの

बंदर के झोंपड़े में सो रहे थे
おさるさんの巣で寝ていたの

बंदर ने लात मारा रो रहे थे
おさるさんに蹴られて泣いてたの

मम्मी ने प्यार किया हँस रहे थे
お母さんに可愛がられて笑ってたの

पप्पा ने पैसे दिए नाच रहे थे
お父さんにお金もらって踊ってたの

भैया ने लड्डू दिए खा रहे थे
お兄ちゃんにラッドゥーもらって食べてたの


他動詞の単純過去形と過去進行の男性複数形がひたすらくり返されるので、
ヒンディー語学習者にもうってつけの一曲である
(लात が女性名詞なので本来は“लात मारी”とすべきところを、
韻律のためか“लात मारा”と歌っているが、そこは目をつぶって聴きたい)。


bandar ke jhonple_1
サルの巣で眠るアールー。蹴りまで五秒前。

bechare aloo_1
かわいそうに、蹴落とされて泣いています。

mummy ne pyar kiya_1
でもお母さんが抱っこしてくれました。よかったね。

papa ne paise diye_1
お父さんはお小遣いをくれました。イェーイ、何を買う?

laddoo_1.jpg
インドの甘い団子菓子“ラッドゥー”をもらいました。



童謡でもうひとつ驚いたものがある。ゴンさんが学校で習ってきたもので、
ほとんど誰に聞いても知っている、かなり知名度の高い童謡
『मछली जल की रानी है(お魚は水の女王さま)』。

मछली जल की है रानी お魚は水の女王さま

जीवन उसका है पानी 一生をお水のなかで過ごします

हाथ लगाओ डर जाएगी さわってみたら 怖がるよ

बाहर निकालो सो जाएगी 外に出したら 寝てしまうよ



これが、ゴンさんが学校で習ってきたバージョンである。
しかし前の学校でもらった童謡の本には、最後の一行が

बाहर निकालो मर जाएगी 外に出したら 死んでしまうよ

だった。たしかに「寝てしまう」というのはちょっと違うと思うが、
のんびりした楽しげな旋律と裏腹にはっきりと死を歌っていたので、
それはそれでちょっとドキッとした。

しかし、これはまだまだ序の口だった。
ゴンさんがある日、学校で続きを習ってきたのである。

दो दिन के बाद सर जाएगी 二日のあとには 腐ってしまうよ

諸行無常の響きあり過ぎだ。
ドードードーミーソーミードー……と簡易なメロディが
(マザーグースの「くわのまわりをまわろうよ」とほぼ同じ節回し)
ひどく残酷に響くのであった。

【MotiDD】伝えてゆくべき恐怖

12月16日, 2012 | 未分類

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衆院選の在外投票に行った。
ニュースも何も見ないでのんべんだらりと暮らしている私を
「今度の選挙で自民党が勝つと“原発ゴー”で“徴兵制”だよ」と
Satyanamak が激震で揺り起こした。
しかも自民が「勝ちそうだ」というので、この激震はいまでも続き、
私をかなり憂鬱にさせている。

まさかそんな世の中になっているとは思わなかったのだ。
世の中はみんな私と同じく「憲法九条キープ」「原発撤廃→代替エネルギーの早期導入」
という意見を持っているぐらいに思っていた。
東日本震災以来、みんなが脱原発に向かっていると思っていた。
でもそうじゃなかったのだ。
私はなんとばかだったのだろう。

“徴兵制”というところで頭が真っ暗になっている。
私は、そんなことのためにゴンさんを産んだのではない。
「日本が侵略される」なんてことよりも、
「息子が戦争へ行く」ということの方が何千倍もリアルに怖い。
死んでしまいたくなるほど怖いし厭だ。
「尖閣諸島の資源を横取りされる」なんてことよりも、
私には、一部政治家の利権のために自分の身近な人が死んだり
自分が殺されたりする方がずっとリアルにまっぴらごめんだ。
第二次大戦がどれだけむごくて、どれだけ間違っていたか、
どれだけ馬鹿馬鹿しい理由でどれだけの人が死んでしまったか、
みんな学校や家で習わなかったのだろうか。
だから「侵略される」なんて風説に政治家のいいように踊らされて、
九条を捨て、武力を持とうとしているのだろうか。

私は子どもの頃、核戦争の夢をたびたび見たと思う。
それだけ、大人から聞いた話や『はだしのゲン』や『原爆の図』が怖かったのだ。
核だけではなく、空襲の話とかもかなり怖かった記憶がある。
遺体に湧くウジ虫までも克明に描いて伝えてくださった作者の方に、
いまとなってはただただ感謝と敬意を表するばかりだ。

これは、自分の子どもにもきちんと脅していかないといけない恐怖だ。
世の中が誤った潮流へ巻き込まれていくなか
どうやって自らの意志を貫いて、かつ生き抜いていくのか、
そんなことすら学んでいかないといけない。
彼が生まれてきたのはそんな世界なのだ。

目を覚ませ、わたし。
ただ困惑し、へこたれている場合ではないのだ。

選挙権のあるみなさん、どうぞ選挙へ行って、
原発に脅かされることなく、子どもたちを安心して育てられる、
そんな世の中にするための一票を投じてきてください。
それが私たちにできる、一番簡単かつ大きな意思表示のチャンスです。

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