プロフィール

satyanamak*motiDD

Author:satyanamak*motiDD


2006年夏、
人人人ひしめくムンバイに
猫猫ひきつれやってきた二人組。
夫 Satyanamak と妻 MotiDD
2008年11月には新たに
ムンバイ生まれのチントゥーも
登場しました。

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【MotiDD】出稼ぎということ

10月28日, 2006 | 未分類

2 Comments

入れかわり立ちかわりの親戚数十人と交わしたおしゃべり、

日本のものよりも大きく美しい花火、爆竹の音。

ダーディー(父方の祖母)が作ってくれたダール入りのローティー、

入れてもらうたびに違うチャーエの甘さ。

食後お皿を洗おうとするたびにくり返される「やるから放っておいて」「これぐらいやらせて」の攻防。

寝る前に交わされる姉弟どうしのケンカまじりの会話、歌。

別れ際、お母さんの巨体につつまれた一瞬のハグ。

 

たくさんの愉しい思い出をも抱えつつ、デリーからは今回、苦さとともに帰宅した。

 

ムンバイに発つ前日の夜。
日本で20年以上働くお父さんが、いままで見たことがないくらい激しく怒り、
お母さんに向かって怒鳴りつけ、拳で机を叩き、いくら言っても収まらない……
という事態になってしまった。
きっかけは、明朝早く空港へ向かわねばならない私のためのオートリクシャーの手配だったが、
お父さんの怒りはもっと別のところで始まっていたようだった。
怒りのトピックは、オートリクシャーの値段から、
午前中に訪ねた親戚の家での妻の立ち居振る舞いに取って変わり、

いっそう激しさを増した。

その場にいたのは私とお母さん、お父さん、お父さんの弟だけだったが、
一人ヒートアップするお父さんの怒りに対して、お母さんと弟さんは、
「なにをそんなにカッカしてるんだよ」「そうよ、おかしいわよ」
と、一応聞いてはいるがまじめに相手にしようとしない様子で、
お母さんに至っては得意の冗談で混ぜっ返したりもしている様子(ヒンディー語とは別の言葉で話しているので口調で推測)で、
「そ、それじゃあ怒りに油を注ぐだけでは……」と聞いているこちらが気が気でない。
案の定お父さんの怒りは収まる様子もなく、
「オレは20年も遠くで独りで働いて、お前らはそれで食べて愉しく笑って過ごしてる」
「オレの言うことなんて誰も聞きゃしない」
と、お父さんが一人袋小路に閉じこもる形で大げんかは終わってしまった。
ケンカのあと二階へ行ってみると、ダーディーがベッドに寝ころんでわんわん泣いていた。
やりきれなかった。

 

お母さんは昔からよく「お父さんはいつ何で怒り出すかまったくわからないから怖い」と言っていた。
そんな気分屋な性質は昔からなの?と聞くと、「昔はあんなじゃなかった」と言う。
「結婚前は、おとなしくて素直で、口数少ない人だったのよ」

 

いままで何度も訪問、滞在しているその家庭に、
大黒柱であるお父さんがいるのを見るのは、今回が初めてだった。
朝メガネをかけて新聞を読み、TVアニメを観る息子に
「?? ??(ニュースチャンネル)に変えなさい」と命令するその様子は、実にお父さんらしく、
またディーワーリーの花火と爆竹で先頭切ってはしゃいでいたのもお父さんだった。
危ないというのに手に持ったまま花火に点火し、ヤケドする、見栄っ張りな父親。
でも、その大黒柱が、どことなく居場所がなさそうにしている場面も、少なからず目にした。

 

子供たちの学校での勉強ぶり、その内容や変遷。
近所のマーケットの店の良し悪し、数年前に開通したメトロのルート。
ここで根を張り生活していないとわからない、そんな内容の話が、
暮らしの中にはいくらでも出てくる。
2年に一度、帰ってきては一ヵ月あまり滞在し、
また日本へ戻っていくお父さんにはついて行けない、キツい内容だ。
みんながTVドラマを夢中で観ているとき、
「途中から観てもつまんないんだよね、こういうの」とつぶやくお父さんの姿は、
やっぱりひどく寂しそうだった。

 

父不在の家庭を、姑とともに20年以上にわたって支えてきたお母さんは、
いつも何かしら言っては周囲を笑わせている、明るくて愉しい人。
そのお母さんが、ケンカのあった晩、みんなを床に就かせてから、
たまっていた食器を一人ガシャガシャ洗い出した。
目が真っ赤だった。
高速でステンレスの食器や鍋をやっつけていくお母さんのそばに座りこみ、
見ているしか、私にできることはない。

 

今日、私に一日遅れて、お父さんもあの家をあとに、再び日本へ旅立つ。
日本での長期にわたる単身赴任によってできてしまった、

お父さんの孤独という心の隙間を少しでも埋め、お父さんに近づき、話をし、
みんなが笑顔で送り出してくれることを切に願う。

 

 

ディーワーリーの晩、姉妹3人にとっても初めてのランゴーリー作り。

色の粉を使って模様を描き、玄関先を飾る。

初めてにしては上出来じゃーん、と悦に入る間もなく、

猿のようにかけまわる弟がパターンを台無しにしていった。

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- Comments
2 Comments

20年・・・・長すぎるね。
どんなにマメに電話をしてても、帰り着く我が家ではどうしたって浦島太郎になっちゃうだろうな。
おとうさんの孤独が爆発した巨大なかんしゃく玉は、家族に悲しみの火花を撒き散らしたかもしれないけどさ、しかも別れの間際じゃ、なおさらに痛い・・・・・・・

でもでもさ、怒ったり、泣いたり、笑ったり、はしゃいだり、見栄張ったり、
なんてまぁ感情の豊かな人なんだろうなんても思ったよ。
離れて暮らす孤独と、なかなか共有できない日常の溝とが大きく横たわってても、
そんなものをはさんでてすら、いい夫婦なんだよなぁ、・・・・とも思うよね。

ランゴーリー?
すごく綺麗だね。ちょん切れた左側の花びらが、やんちゃなお猿(笑)の足跡かしら?

by とやまん・・・ | 10 29, 2006 - URL [ edit ]

父ちゃん淋しいんだよぅ……!って言えればいいのにな~。そういう素直じゃないところを見てると、あの大きなシンも不思議に小さく感じられ、自分にかぶって見えてくるのです。

by 【MotiDD】 | 10 30, 2006 - URL [ edit ]

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