プロフィール

satyanamak*motiDD

Author:satyanamak*motiDD


2006年夏、
人人人ひしめくムンバイに
猫猫ひきつれやってきた二人組。
夫 Satyanamak と妻 MotiDD
2008年11月には新たに
ムンバイ生まれのチントゥーも
登場しました。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ

スポンサーサイト

--月--日, -- | スポンサー広告

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【MotiDD】こういう時にここにいるということ

03月15日, 2011 | 未分類

4 Comments
震災から4日経った今日も、こちらの新聞の一面トップは
依然として日本のニュース。
廃材と泥の溜まりと化した町、ボートで救出されるおばさんたち、
固まりかけた泥とがれきの山から助けを求めるように突き出る遺体の手。

日本から遠く離れたインドにあって、こういうニュースを
ネットや新聞、テレビで見ているというのはとても心細いものだ。
新聞に英語で書いてあること、テレビで流れる報道は、
事実ではあっても現実味がない。

家族の無事は当日のうちにも確認できたが、ライフラインがどれだけ動いているか、
食料の供給は充分にできる状況なのか、など、
生活に実際どの程度の支障が起きているのか、
どのくらい難しい状況に親しい人々が立たされているのか、
それが見えない。

また、原発による取り返しのつかない二次災害への不安、
人々の暮らしに計画停電が与えるダメージ。
不況に苦しむ日本を襲ったこの災害で受ける経済損失の大きさ。
予測もつかない困難が、いくつもいくつも待ち受けているに違いない。

それらがどれだけ人々の心に影を落としていくのか。
帰った時に、日本の人たちがどういう顔をしているのか。
ここで考えていると、不安要素だけが胸を押しつぶす。
“それでも人々は乗り越えてきた”なんて一足飛びに思うことはできない。

津波の映像ばかりが一日中放映された金曜当日、電話がいつになく頻繁に鳴った。
日本に親戚がいるインド人との情報交換、
在印日本人同士でお互いの親族の無事確認プラス情報交換、
ただ「あなたの家族は大丈夫?」と電話してくるインド人知人友人、
「日本の人のために祈ります」と遺憾の意を示すためのSMS(携帯メール)。

翌土曜日、インド人知人が一人、家を訪ねてきた。
Satyanamak がバイク屋で知り合ったおじさんで、引っ越す前には近所に住んでいた。
親しい、というわけではないが、年に2回という感じのペースで、
思い出した時に家に来てお茶を飲んで、好きなことを喋って帰って行く。
そんなつきあいの人だった。
我々の家族がほぼ関東・東京にいると聞くと
「東京? なら良かった、何も起きてないからなあそこは」と言う。

その「何も起きていない」というところに激しく抵抗を感じた。
家族が戻らず連絡も取れずに心配にくれた人々、
エレベーターが止まって43階まで階段で上ることを余儀なくされた人々、
あまりの揺れに怖くて一時間テーブルの下から出られなかった一人暮らしの女の子、
地震のあと家族からの電話で泣いていた在日インド人のおじさん。
電話やメールで知人たちから聞こえてくるこうした話は、
被災地で起きた惨劇に比べてしまえば取るに足らないことだ。
しかし私たちには、自分の大切な人々にこういう困難が起きているということは、
“何も起きていない”としてしまうには余りに胸の痛いことだし、
被害に遭われた方々のことを思えば“よかった”とは到底言えない。
これから自分の国が抱えていく困難がどれだけのものか想像もつかない、
というこの不安を、この人にどう説明すればいいのか。

月曜日、不安になって千葉に住む友達に電話をかけた。
友達はケータイを置いて買い出しに行っていて留守で、
やはり友人である旦那が電話に出た。
みんな落ち着いて冷静に行動しているし、とりあえず家にさえいれば大丈夫、
のんびりやってるよ、との言葉にホッとした。
励ますべきところを逆に励まされた、といった感じだった。
よほど暗い顔をしていたのか、そのときお邪魔していた旧お隣さんは、
落ち着かなかったらいつでも泊まりにいらっしゃい、と言ってくれた。
優しい言葉に、危うく泣きそうになった。

目に見える世の中は誰も被災しておらず通常営業なのに、
情報だけで地震のことを知っているから、気持ちだけが被災している。
そんな心境なのかもしれない。
とりあえず、そんな心細さがあることを記録しておく。
スポンサーサイト

« 【MotiDD】U-zhaan さんのタブラーを聴いて募金しよう! 【MotiDD】マタルの季節です »

- Comments
4 Comments

遠く離れたインドの地にいて、心配するなと言っても無理なことかもしれないけれど、ネットやテレビが伝えていることばかりが現実ではないよ。
不安になる材料はいくらでもあるけれど、それでも生きなくちゃいけないわけだし、生きていくからには乗り越えなければいけない、と思う。
気持ちだけが被災っていうのは、どうだろう?
本当に「被災」した人はどんな気持ちだろう?
心細いのはわかるけど、入ってくる情報だけに流されちゃいけないよ。

by よあけ | 03 17, 2011 - URL [ edit ]

よあけちゃん、ありがとう。うん、気持ちだけが被災っていうのは、いかにもよあけちゃんにひっかかりそうな表現だな。この表現によって、誰か厭な思いをした人がいたら謝ります。あまりに大きな不幸が起きたので、“何年後かに自分の帰る日本が、自分が発ってきた元の同じ日本ではなくなってしまうのでは”という気がするんです。本当に被災した人にしてみたらあまりに個人的で手前勝手なことだけど、こんな時に外国にいるとそんな心持ちがするものだ、ということを書いておきたい気がしたので書いたのだ。

とりあえず、何が変わってしまっても、よあけちゃんは元通り頑丈なよあけちゃんのまんまでまたお会いできそうだ、と思いました。ありがとう。

by 【MotiDD】 | 03 17, 2011 - URL [ edit ]

孤独だよね、今の私達。
言葉がこんなにも空しいと感じた事はないかもしれない。

でも、インドでの私のこの痛みを、被災地の人たちのそれと比べるほど意味のないことはないと思う。どんな絶望も、結局誰かが感じてること、そのままそっくり感じることはできないし、シェアすることもできない。それぞれが、それぞれの絶望と向き合って次に進むしかないものね。
こんな時だけど、私、これから自分ができること、見えてきたよ。いつか「苦労を買ってる」ってここに書いてくれたでしょう?それをふと思い出して。またいつか聞いてやって下さい。

by Kana | 03 18, 2011 - URL [ edit ]

あぁ、かなちゃん、まぶしいなぁ!

うん、私もそう思うよ。それに、人々は次に向かって進める、その力を持っている、とも信じている。立ち上がる他に道はないし、本当にね。でもね、気弱になってしまうよ。あまりに自然の力が大きくて、神様のされることが謎で、対する私たちはあまりに小さくて。でもわしも、立ち上がらないとなぁ! 歌でも歌いながら、かなちゃんに会いに行こうかなぁ。

by 【MotiDD】 | 03 19, 2011 - URL [ edit ]

管理者にだけ表示を許可する
- Trackbacks
0 Trackbacks


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。