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satyanamak*motiDD

Author:satyanamak*motiDD


2006年夏、
人人人ひしめくムンバイに
猫猫ひきつれやってきた二人組。
夫 Satyanamak と妻 MotiDD
2008年11月には新たに
ムンバイ生まれのチントゥーも
登場しました。

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【MotiDD】5年は歌えない、と言い張る理由。

10月27日, 2007 | インド古典音楽を習っています

8 Comments

北インド古典声楽を習っています。
 
インド古典音楽、というと、広く言って2種類あります。
南と北。
私が習っているのは北のほう。
ヒンドゥスターニー・クラシカル、とか、シャーストリーヤ・サンギート、とか
いろいろな呼ばれ方をしていますが、名前はどうあれ、これが難しい。
 
様々な法則を守りながら、その場その場、自分の感性で音楽を展開・創造していく、
本来はとてもクリエイティブなものです。
が、私はまだ始めて1年のひよっこ。
授業は、ひたすら先生の歌のあとについて歌い、それを憶え、
ラーガを感じながらできるだけ上手く歌う努力をすることだけ、であります。

歌はずっと好きでしたが、歌の練習を毎日ちゃんとしたことなんてなかったから、
1年経ったいま、なんとなく歌はうまくなったかもしれない、という手応えは感じます。
最初はちんぷんかんぷんでさっぱり意味不明だった音楽の構成も、いくらかのみこめてきたし、
用語も、前ほど宇宙語ではない。
練習は楽しいし、歌うのは相変わらず好きです。

 

しかし。どうしてもうまくならないものがあります。
それがターン(???)です。
20分30分におよぶ長い一曲のなか、後半部分で歌われるターン。

頼りになるインド古典音楽解説本『インド音楽序説』(B..C.デーヴァ著)は、

ターンについてこう説明しています。

 

ヒンドゥスターニー音楽においては、速い節回しはターンと呼ばれている。
パターンは複雑で、中庸や速いテンポで次つぎと音を繰り出し、パターンを紡いでいく。
こうした速い動きにはさまざまな形が数多くある。
たとえば、ストレートに上がり下がりするターンはサラルまたはサパート・ターンと呼ばれ、
ジグザグに動くものはヴァクラまたはクータ・ターンと呼ばれる。

 

学校で習ったターンの一例を、あえて文字表記に挑戦してみると、

 

サレガパマガマレ・ガパダパマガマレ・ガパダニダパマガマレ・ガパダニサニダパマガマレ・ガパダニサレガレサニダパマガマレサ、サレガ・レガパ・ガパダ・パダニ・ダニ・サニダパマガマレサ

(どれみそふぁみふぁれ・みそらそふぁみふぁれ・みそらしらそふぁみふぁれ・みそらしどしらそふぁみふぁれ・みそらしどれみれどしらそふぁみふぁれど、どれみ・れみそ・みそら・そらし・らし・どしらそふぁみふぁれど)

 

……となります。早口で言うだけでもちょっと厳しいですね。

これを、文字通り歌うのはまだよいのですが、

上記の音を“あ”で歌う、アーカール(????)というものがあり、

そちらで歌えるようになれと先生がいつもおっしゃいます。

このターンが現在のところ、私に「5年は人前で歌えない」と言わせる、最大の難所です。


……と、文字で読んでも、なんとも想像しがたいので、音を載せておきます。
一瞬ですが、プロのシンガーさんのアーカールでのターンです。

[本文の一番上、右にあるフロッピーのマークをクリックすると音をダウンロードできます]

 

プロのシンガーさんですから、ソツがないです。

これを素人がやろうとすると、まったくできません。

音が取れません。上に記したターンをまた果敢に文字化に挑戦すると、

 

アアアアアアアア・アアアアアアアア・アアアアアアアアアア・アアアアアアアアアアアア……

 

というわけですが、音が、決まった場所にはまらないし、届くべき高さに届かない。

あれよあれよとどんどん崩れます。

崩れてしまうと、この人はいったい何をしたいのか、何が言いたいのか、

さっぱり理解に苦しむ音の連なりになってしまいます。

 

 

 

 

窓を開け放ってターンの練習をしていると気になるのが、

「この家にはキチガイが住んでやがるな……」と近隣の人々から思われることです。

もうそれは仕方ないので諦めるとして、もうひとつ、

練習するたびに思い出してしまうのが、この映画のシーン。

 

昨年春公開された『Malamaal Weekly』というコメディー映画のなかに、

写真別枠になっているラージパール・ヤーダヴ扮する村のろくでなし御曹司が、

あごが外れて口がきけなくなるシーンがあります。

彼は大金をめぐる村人たちの企てを阻むため、欲深い母親に告げ口しようとするのですが、

あごがはずれているから何も言えない。でも言いたいからなんとか言おうとする……

 

歌えないターンでもがいていると、

そのラージパール・ヤーダヴにでもなったような気がしてしまうのです。

 

ばらけて崩れる音が、いつかスパッと、はまるべきところにすべて収まる日が来るのでしょうか。

キチガイにも、あごが外れたラージパール・ヤーダヴにも見えないようになる日が。

歌おうとすればするほど崩れるターンなので、そんな日が来る見通しすら立ちません。

それでも努力を続ければ、いつかは少しマシになるだろう、

そう思わないとやってもいられませんから、5年経ったらうまくなる、と仮定しました。

我ながら長いな~と思いますが、実は5年経ったってうまくなる気は今もしていないのです。

 

ラージパール・ヤーダヴの名演技を思い出しつつ、

ラーギニー先生を相手に、今日も歌います。

 

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