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satyanamak*motiDD

Author:satyanamak*motiDD


2006年夏、
人人人ひしめくムンバイに
猫猫ひきつれやってきた二人組。
夫 Satyanamak と妻 MotiDD
2008年11月には新たに
ムンバイ生まれのチントゥーも
登場しました。

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【MotiDD】2007年9月24日 ムンバイ

09月26日, 2007 | 未分類

5 Comments

今日はクリケットワールドカップTwenty-20シリーズの決勝、運命の対パキスタン戦。
TV放映は5時半から。
試合を見逃すのは口惜しかったが、授業がちょうどその時間からなので、仕方ない。
学校から帰って見られる分だけ見よう、と思って家を出た。

 

学校へ着いてみると、教室に来ている生徒は私を含めて3人だけ。
4人~5人が欠席している。
私たちの授業が終わると、同じ教室で続けて1年生の授業があるのだが、
全部で12、3人いる1年生のなかで、始業時間に到着したのはたったの一人だけ。
あきれ顔で「みんな試合にかぶりついてるのよ」と言う先生も、せっかく来た一人の授業はせず、
「私も見なくちゃ」と急いで帰って行った。

 

教室を閉めて帰ろうとしているところへ、もう一人、遅れてきた一年生と鉢合わせした。
話したことはないが、学校行事で学年合同で歌うときなどによく見た顔だった。
先生が帰ってしまうので、せっかく来た彼女も家にとんぼ返り。
帰り道が一緒になり「ちょっとお茶でも」のお言葉に甘え、
帰宅途中の道からちょっと外れた閑静な住宅街にたたずむ

彼女のお宅にお邪魔することになった。

 

彼女の家の近くにあるMani Bhavan(ガーンディーのムンバイでの住居を博物館にした建物)のモザイク・タイル。

同時代の建物なのだろう、彼女のアパートで見たのとそっくり同じテイストなので、ここに載せさせてもらった。

Photo from Flicker

 

 

小さな身体に落ち着いた色のサルワール・カミーズを着て、
終始穏やかな笑顔を絶やさない彼女の家は、
もう築60~70年ぐらいにはなるだろう、と思われる古いアパートメントだった。
木でできた階段の隅、一段一段に赤と白のペンキでかわいい模様が描いてある。
踊り場の床一面、淡い色のモザイクタイルで模様がデザインされており、
古び方も絶妙、建物全体がたまらないかわいさだった。

玄関先にヒモでぶらさがっているベルをちりちりと鳴らすと、
彼女の娘さんが二人、出迎えてくれた。
10年生と11年生(15歳~17歳)だという。
お医者さんだというお母さん・マムターが電話で取り込み中のあいだ、
昨年まで同じ学校で歌を習っていたという上の娘さんとおしゃべりしていた。
サシャと呼ばれていた長女は、ちょっとはにかんでいるが、話し出すととても素直でいい子だ。
「歳取ってからもできる」という理由で母親に勧められ歌を始めたが、
幼い頃からバラタナティヤムが好きでずっとやりたかったので
今は歌をやめて踊りをやっていること、踊りは早く憶られるし、うまく踊れること、
踊りをある程度マスターしたら、歌をまたやりたいと思っていること……。
鼻高々、とか自信過剰、とかではなく、自己分析と理解のうえの、
持つべきちょうどいい量の自信という感じがして、耳に気持ちがよかった。

 

おしゃべりが途切れたとき、どこかからタブラの音が聴こえてきた。
下の階に歌手が住んでいて、その練習がいつも聴こえるのだという。
突然降り出した大雨に足止めをくっていたので、
「ちょっと見に行っても大丈夫ですか?」と聞いてみた。快諾。

 

一番下の階の歌手宅へ行ってみると、家のドアは開け放されており、
出入り自由、という雰囲気になっている。
花が飾られた入り口はライトアップされ、玄関外には靴が何足も脱いであった。
部屋の中を見ると、どう見てもただの練習風景ではない。
奥の壁ぎわに座った15、6人の人々が熱心に見守る中、
手前の空いたスペースで、ハルモニウムの伴奏を相手に、
タブラのお兄さんがソロを熱演中だった。
マイクもきちんとセットされ、音響専門に人が来ている。
場所は個人宅だが、立派に?????(Mehfil=コンサートなどの集まり)だった。

 

サシャとマムター、私の3人がなんとか座ると、部屋はいっぱいになってしまった。
たまたまそこに居合わせた、近所に住んでいるというやはり一年生の人に
「いつもこんなのが開催されてるの?」と聞くと、
今日はガネーシュ・チャットゥルティー最終日の前日、ということにちなんで
こういう会がもたれている、ということだった。
座ってまもなくタブラ・ソロが終わると、しばらく待って次はバラタナティヤムだった。
翌朝少し早起きをしなくてはならないこと、今晩中に家で片付けるべきことが気になり、
次の演目の準備ができるまでの間に帰ろうと席を立ちかけたが、
「彼女の踊り、とってもいいのよ」というサシャの言葉に引き留められ、
一曲だけ見ることにした。

 

バラタナティヤムをやっているサシャの言うとおり、
キレのある鋭い踊りで、汗が飛んできそうな距離で見る舞踊は凄い迫力だった。
響き渡るグングルー(鈴のついた足輪)の音が、タブラとハルモニウムの伴奏にぴたりと重なる。
学校へ行き授業を終え、電車で家に帰ってクリケット決勝を見るはずだった

自分がこの場にいることは、かなり唐突で不思議な出来事に思えたが、
主催者の歌手にお礼を言って席を立ちながら、これがインドなんだ、と思った。
犬が歩くと棒に当たるように、唐突に芸術家に出会う。
インドの古典音楽は、一昔前までは、藩王などのパトロンが芸術家を抱え、
その屋敷などでコンサートが開かれていた、と聞く。
そんなマハラジャ時代の????? に、ふと迷い込んだような気がした。

 

夫が帰ってきたから車で送らせるわ、というマムターの言葉に甘え、
最寄り駅まで送っていただくことにした。
帰宅されたご主人が運転してくださるのだろう、とばかり思っていたら、
車に案内してくれたのは、カーキ色の制服をガッチリと着たお巡りさんだった。
助手席にも同様の巡査が一人。二人ともご主人の部下のようだ。
面食らいながらも車に近づくと、ビシッとドアを開けてくれる。
白いセダンの屋根には黄色いパトカーランプ。
彼女にお礼を言い、ビビリ気味に後部座席に一人乗り込むと、
まるでソファのような肘掛けが座席の真ん中についていて、ラグジャリーな座り心地。
そして後ろの窓には、インスペクター????の帽子が真っ直ぐにこちらを向いていた。
夫が警察で働いている、とはおっしゃっていたが、まさかそんな偉い人だとは……
「うわー、逮捕されて護送中の犯罪者になったみたい!」と興奮したが、
前席二人の姿勢の良すぎるカーキ色の背中に幼稚なセリフは押し込められ、
結局何も言えないまま、あっという間に駅にたどり着いた。

 

電車に乗り、自宅のあるバンドラ駅のホームに降りると、
向かいのホームの人だかりからワァッと歓声があがった。
対パキスタン戦に勝利、ワールドカップ優勝決定の瞬間。そんな景色だ。
隣りを歩いていたおばさんに「インド、勝ったみたいですね」と声をかけると、
おばさんも笑みを返してくれた。

 

スラムの子供たちが「?????? ??? ??(India Jeet Gayii=インドが勝った)!」と

叫びながら駆け回っている。
駅の鉄橋から見渡すムンバイの夜景に、今日はあちこちから花火が上がっていた。

 

翌日はムンバイ中が沸きかえるGaneshotsav(ガネーシャ祭)の最終日。これは昨年の最終日の写真。

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