プロフィール

satyanamak*motiDD

Author:satyanamak*motiDD


2006年夏、
人人人ひしめくムンバイに
猫猫ひきつれやってきた二人組。
夫 Satyanamak と妻 MotiDD
2008年11月には新たに
ムンバイ生まれのチントゥーも
登場しました。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ

スポンサーサイト

--月--日, -- | スポンサー広告

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【MotiDD】突然ですが、引っ越します

08月17日, 2013 | 未分類

0 Comments
このたび、ブログを引っ越すことにしました。
ブックマーク(お気に入りに登録)してくださっていた方々、
お手数ですが、ブックマークの変更をお願いします。

FC2 のこのブログサイトもなかなか使いやすくて良かったのですが、
広告が動いたりし始め、チラチラとうるさくなってきました。
今後は「一ヵ月以上放置で宣伝バナー登場」という、
ブログ放置の抑止力、強制的執筆の推進力となっていた現象もなくなるので、
きちんと更新していかなくては~。

【移転先】http://jaan.meter.jp/

Jaan(じゃーん)とは、命を意味するヒンディー語。
Meter(メーター)は、市民の足、オートリクシャーやタクシーでおなじみの、運賃計算機です。

new-wp-blog.jpg

今後はこんな画面で、よろしくお願いします!
(上の画像クリックで新しいブログが開きます)
スポンサーサイト

【MotiDD】多神教も大変だ

08月09日, 2013 | 未分類

4 Comments
クリシュナ生誕祭を皮切りに、ガネーシャ、ドゥルガー、ラーマにラクシュミーと、
ヒンドゥー教のお祭りが目白押しの季節がやってきた。
ヒンドゥー教といえば神様の数がめっちゃ多いことで知られているが、
神様が多いというのも大変なんだなーと思う文章が新聞のコラムにあり、
面白かったので翻訳してみました。

vishnu.jpg

こんなにぎゅーぎゅーじゃあ拝む方も大変だよな~


+ + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +

一神主義こそヒンドゥー教の伝統――カールティケーヤ・スィン
(ハマーラー・マハーナガル 2013年8月1日付)

宗教講座のレクチャーを終えて、聴講者のみなさんに質問を促した。そこである方が挙手されて言うところによれば、ヒンドゥー教の神様の数が多いために、ひどく困っておられるとのこと。神様が多すぎて、礼拝するのが大変なのだそうだ。曰く、彼の家の祭壇には、少なく見ても九人か十人の神様・女神様の写真が飾ってあるのだが、その中の一人の神様にすら、心ゆくまで礼拝することができない。誰か一人の礼拝をたくさんして、他の誰かがおろそかになってしまうと、なにか後ろめたい気持ちになってしまう。今日はハヌマーンの礼拝までに残り時間が少なくなってしまって、ハヌマーンの礼拝はさっさとおざなりに済ませてしまった。さてまた別の日には、ハヌマーンに長い時間を割いたはいいが、ドゥルガーの礼拝にあまり集中できなかった。時には他の神様すべてを省いて、誰か一人だけを崇拝するようにしたい、という気もするのだが、いざ祭壇の前に座ってみると、考えが変わってしまうのだ。もしシヴァの礼拝だけしかしなかったら、残りの女神様・神様はどうなるのか。または、もし残りの神様が皆お怒りになったら私はどうなってしまうのか……心のどこかしらで、そんな思いがするのである。そんなわけで結局は、すべての神様に灯明を捧げ、初めて安寧に至る。

彼のこの悩みはあどけなくも思えるが、一方、心理的、哲学的に深い意味のある疑問を投げかけている。まず最初に私が言いたいのは、そんなのは礼拝などではない、ということ。
まるで綱渡りでもやっているように、ロープの上をおそるおそる歩いてなんとかバランスを取るなどというのは、礼拝とは呼べない。恐怖と信仰とは、互いに敵対するもの、対極に位置するものだ。神様の機嫌を損ねないように、という恐怖心があるなら、そこには真実の信仰は存在し得ない。人を恐怖から解き放つことのできない宗教など無意味だし、怖れを基盤とした宗教は、人間の宗教的発展を妨げる毒素のようなものだ。人は神を前にして礼拝する時、知らず知らずのうちに、いい言葉遣いをしている。自己のあまり良くない考えなどを押し隠して自分を少しの間だけ善良に見せるよう努める。まるで神が、欠点を見抜けない、善良さに感心して慈悲の雨を降らしてくれる地位のある人間ででもあるかのように。人々は神々にものすごく気を遣って喋っている。弱い人間が、力の強い横暴な人間と話す時のように。これは何なのか? 我々は自分を子どもだましに騙していないか?

こんな話を読んだことがある。ある王様が、シヴァ神のパンチャークシャリー・マントラを何十万回か唱えるべく座った。が、何かの理由で考えていた通りの回数を唱えることができなかった。そこで怒ったシヴァ神が彼から王権を奪った――。誰が書いたか知らないが、こうした話は、宗教に恐怖の要素を植えつける意図で書かれている。レクチャーで質問された方にしても、ハヌマーンに比べてドゥルガーの礼拝が短くなってしまったからと言って、ドゥルガーに「ちょっと行って懲らしめなくちゃ」と思われてしまう、と感じておられる。我々は、妬みや怒り、復讐といった人間の無智・無明から来る感情を、神々の中にも当てはめて見てしまっているのである。(後略)


+ + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +

ヒンドゥー家庭にお邪魔すると、たいていの家に祭壇はあって、
余裕のある家庭になると、礼拝のためだけに使われる部屋があったりする。
ティカの赤い粉やら花びらやらオイル、その他プージャー(礼拝)に使う
もろもろの成分がしみ込み、軽く小汚い印象すら憶える、使い込まれた祭壇。
特定の神様ひとりだけが飾ってあったことは、今までたぶんないと思う。
神様が数人の他に、スピリチュアル・グルと呼ばれる故人・現役の
導師の写真を飾っている人も多い。それはそれはにぎやかだ。
そんなのを当たり前に思っていたので、こういう論旨で
新聞記事が出ていたのが新鮮に思えたのでした。

そもそも人々の心の平安のためにある宗教で、
礼拝が悩みの種になるようでは本末転倒だという論旨はもっともだと思うけど、
おじさんが、祭壇のたくさんの神様たちを前にして、
日々あれこれ悩ましくプージャーをしている様子を思い浮かべたら、
なんだかちょっと微笑ましいではないですか。

many-in-one.jpg

こういうイメージも、実は一粒で二度おいしい、が目的?

【Satyanamak】久しぶりに朝のコンサート

06月24日, 2013 | 未分類

0 Comments
すごく久しぶりに、Matunga駅近くにあるKarnataka Sanghaという
コンサート会場に朝の無料コンサートを観に行った。
ラーナデー先生のお弟子さんで、一時期MotiDDに歌を教えてくれていた
スチタ先生のコンサートだった。
Kalabhartiというグループが主催する、日曜日の朝10時から始まる
定例のインド古典コンサート。7年前にこちらに来たばかりの頃、
ラーガもターラも何も知らないときによく行っていた。

karnatakasangha500.jpg

写真は7年前のものだが今でも何も変わっていない。
丁寧に歌われるスチタ先生の澄んだ声に聴き入った。
観客はインド古典音楽愛好者らしい中高年の人がほとんどだが、
中にはステージに目もくれず新聞を終始読みふけっている人もいた。
もしかすると、家族に邪魔されない日曜朝のくつろぎタイムを
過ごしに来ている近所のお父さんも混ざっているのかもしれない。
そんな休日の過ごし方もなかなか素敵だと思う。
コンサート観る態度としてはどうかと思うが。

終演後の会場でPrakash Naik氏に出会う。この人と会うのも超久しぶり。
かつて通っていた音楽学校Bhraratiya Vidya Bhawanに
しょっちゅう現れてはこの会場のコンサートチラシを渡された。
ムンバイ各地のコンサート会場にたびたび出没してスタッフ的な
ことをしていたり、たまにステージでタンプーラを弾いていたり、
何をしているのかよく分からないが神出鬼没の小柄なおじさんである。
灰色の髪と髭が以前よりも長く伸びていて、
ちょっとサドゥー (ヒンドゥー教の苦行者) っぽい容貌になっていたが、
相変わらずの軽々とした様子で何だか嬉しかった。

【MotiDD】負けずぎらい

06月18日, 2013 | 未分類

2 Comments
姉が『犬棒かるた』をくれました。
ABC なら読めても、日本の文字は数個のひらがなしか読めないゴンさん。
とりあえず、その読める数個の文字の分だけ選んで始めてみました。

そうして九枚から始めたのが、今は二十枚にもなりました。
もともと「読みたい」という欲求が強いところへ、
ゲームの楽しさが加わり、みるみるうちにカードの枚数を増やしました。

karuta.jpg

まだまだ寝たりない朝、起こしても起こしても起きようとしないゴンさんの耳に

「知らぬが仏」
「安物買いの銭失い」
「瑠璃も針も照らせば光る」

犬棒かるたのことわざを聞かせてみました。するとたちまち

「くさいものに ふた!」
「きいてごくらく みてじごく!」
「さんべんまわって たばこにしよう!」

ほーら、起きてきました。

毎晩 父母一人ずつと勝負します。
最初のうちこそ少しずつ手加減しながらやっていましたが、
すぐにコツを憶え、その必要もなくなってきました。
子どもならではの反射神経もかなりのもの。
目にもとまらぬ早業で、カードに小さな手がもう届いています。

負けずぎらいで、うっかり私が勝とうものなら、
悔しさいっぱいの泣きそうな顔で掴みかかってきます。
子どものとき、トランプに負けてはコタツに入って泣いた自分を思い出しました。

kuyashii.jpg

【Satyanamak】別々の夏休み

05月23日, 2013 | 未分類

0 Comments
ここのブログは一ヶ月更新しないと広告が出てきてしまうので、
そろそろ何か更新しないとならない。
いま、ゴンさんの学校は夏休み中。
遊んでくれるお友達はみんな日本に一時帰国したり、海外旅行に行ったり。
真夏のムンバイはがらんとしてしまうのである。
去年の夏、遊びたい盛りのゴンさんは酷暑の中で行き場がなく、
毎日ため息ばかりついていた。
もうあんなつらい思いはしたくないということで、
MotiDDとゴンさんの今年の一時帰国は一ヶ月半のロングバケーションとなった。

goneating.jpg

gonkame.jpg

osouji.jpg

一方、春ちゃんのお世話のために単身ムンバイに戻ってきたSatyanamak。
こんなに長期間、二人と離れるのは初めてのことだが、
Skypeのおかげで画像付きで毎日お話しできるのは本当にありがたい。
夏休みが終わってムンバイに帰ってきたらゴンさんは新しい学校、新しい日々の始まりだ。
それまでは父ちゃん母ちゃんの故郷、日本で楽しく遊んできてくれ。

Next Page »

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。